7日目 ソウル市内見学

Toegyero 5 ga(退渓路5街)から421のバスに約30分間乗り、Samgakji Station(三角地駅)の次の駅で降りて戦争記念館に行きました。

こちらが戦争記念館の正面入り口です。

戦争記念館には先人たちが命を捧げて戦ってきた各種記録と遺物・資料を展示しており、戦争の教訓と護国尚武精神を学ぶ生きた教育の場として多くの方々が訪問しています。

入口には朝鮮戦争によって韓国軍と北朝鮮軍に分かれて戦っていた兄弟が戦場で劇的にであった実話を造形化し、民族の和合と団結、統一に対する念願を表現している銅像や、韓国軍の後ろに民間人がいる銅像も立っていました。

記念館の周りに立っている国旗は21カ国分あります。この中には日本の国旗がありません。その理由は、当時日本は主権国家を失っていて国際社会の一員ではなかったからです。アメリカの傘下にあり、軍事力もなかったので戦争には参加していません。しかし、実際には機雷の総会作業などに参加していました。

こちらは戦死した兵隊の名前が記されている石碑です。。

医療支援だけの国には戦死者の名前が記されていない国もありますが、エチオピアやトルコなどの国の若者も戦死しています。

この写真は休戦協定締結で、実際の停戦締結の現場に立っているような気持ちを感じることができ、実際の署名が書かれた「テーブル(レプリカ)」も見ることができます。

屋外展示場には、朝鮮戦争当時に使用されていた大型装備と世界各国の航空機、装甲車などが展示されており、装備の内部を直接体験することができます。

次に、孝昌公園に行きました。こちらの墓は祖国の為に命を捨て、活躍した「三義士」、李奉昌、尹奉吉、白貞基の墓です。また「三義士の墓域」とも呼ばれています。一番左にある安重根の墓は1946年にこの場所に作られましたが、1909年に処刑された旅順で遺体が確認されればここに葬られることになっています。

次に金九博物館に行って来ました。金九は独立運動家で、祖国独立だけでなく、祖国統一の為にも闘い続けました。彼は今でも国民からの支持が高く、もし金九が殺されていなかったら、朝鮮戦争や南北の分断も違ったものになっていたかもしれないと考える人も少なくないとのことです。

昼食を済ましソウル駅に行くと、朴槿恵政権の政策に反対するデモが行われていました。非常に大勢の人が集結しており、圧倒されました。

次に景福宮に行きました。この日はもう入場時間が過ぎていたので中には入れませんでしたが、大きな建物が連なっていました。チマチョゴリを着て行くと入場料が無料なるそうで、中高生などがレンタルのチマチョゴリ姿で写真を撮ったりしていました。

最後に日本大使館の前にある慰安婦像である「平和の少女像」を見ました。この像は日本に慰安婦への謝罪を要求する銅像です。しかし日本政府は元慰安婦への10億円の支援金を供出する代償として慰安婦像の撤去を求めていますが、学生たちなどが集まり撤去の反対運動をくりひろげています。

こうして無事7日目が終わりました。残るは大邱、慶州、板門店ですが、頑張っていきましょう。

tetsu

『7日目 ソウル市内見学』へのコメント
名前:mirai 投稿日:2016/09/04(日) 00:30:52 返信 編集
この校外実習のなかで慰安婦の像が一番緊張した。
その銅像が日本大使館の前にあるというのも不思議な気持ちなった。
自分たちと同い年ぐらいの人達があの銅像を撤去されないようにと活動をしていると聞き、私は何も知らなかったことが恥ずかしくなった。
こういった類のものはあまりメディアに出ないので、自分で調べて知る必要があると思った。

名前:Reimi 投稿日:2016/09/04(日) 11:06:39 返信 編集
戦争記念館は、子供や軍人の入場客が多く見られた。アメリカとの支配関係や、領土問題、韓国の軍事力などにおいて、事実とはずれた、政府の望むイメージがあらゆる展示によってアピールされている印象を受けた。そして、『韓国人は洗脳教育の一環であるという認識をしながら学んでいる人が多い』という話は特に印象的だった。むしろ『日本は自由な国である』と強く思い込んでいる日本人の方が、情報操作に対して脆く、騙されやすいという話を聞き、考えさせられる部分があった。自分はこの話をいくら理解したつもりでも、メディアに対する強い信頼は習慣的なものなので、メディアの提供する情報を懐疑的な目で見るという力はすぐには養えないかもしれないと考えた。