9:55 ソウル駅出発、KTXで大邱へ移動。

11:39 東大邱駅へ到着。

食事を取って、13:15頃にバスに乗り、40分程で鹿洞書院駅に到着。

最初に鹿洞書院の隣にある達城韓日友好館を訪れました。こちらは金忠善(沙也可)将軍を奉っています。
金忠善の生涯を紹介する3D映像を見せていただきました。元々日本人の武士である沙也可将軍が日本の朝鮮侵略に不満を思って、朝鮮に帰化し、大きな功績を挙げ、晩年は友鹿里で生涯を終えた話でした。

館内では金忠善将軍に関する資料を中心に、日本と韓国との交流の歴史に関する資料を展示しています。上の写真は王朝実録です。次の王朝のために記録を残すものです。


韓日友好館から出て、鹿洞書院へ。
鹿洞書院の前にある向陽門は故郷の日本の方に向かっているようです。


続いて鹿洞書院の隣に建つ忠節館へ。
館内は資料館みたいになっていて、金忠善の残した言葉が書かれていた屏風が並んでいました。上の写真は始祖金忠善からの族譜です。


荷物をゲストハウスに置いてから夕食へ。
夕食はゼミ卒業生のユノさん夫婦にプルコギを奢っていただきました。ご馳走さまでした。
こうして8日目終了。お疲れ様でした。
musan
『校外実習8日目(大邱1日目)』へのコメント
名前:mirai 投稿日:2016/09/05(月) 02:23:11 返信 編集
戦国時代、戦を職業としてる人たちは自分の利益を追求しているだけで、特別何かのために戦っていたわけではないということが印象的であった。
今まで習ってきた歴史は将軍には自分について来て、自分を慕っている家来がいるのが当たり前であった。その為、本能寺の変で明智光秀が主君である織田信長への裏切りが大きく取り上げられたのではないかと疑問にも思った。
名前:maiko 投稿日:2016/09/05(月) 23:45:53 返信 編集
私は日本にはない文化(?)の族譜に興味を持った。今回初めて族譜を直接見て、世代によって同じ漢字を使った名前を付けていて、日本でもたまにあることなので似ていると思った。
昔日本は創氏改名を行ったが、その当時の族譜はどのように書かれていたのか疑問に思ったので、調べようと思う。
名前:Reimi 投稿日:2016/09/06(火) 02:20:19 返信 編集
韓国では先祖がいかに偉大であったかを、子孫がアピールすることによって、子孫達は自らの地位を上げる。そのように、先祖のストーリーが次々と付け足されていくことで、歴史が作り上げられていく。その中には事実でないことも多く含まれるが、重要なのは、その歴史が事実か否かではなく、どの時代に誰がどのような文脈の中で、どんな目的を持って創造されたものなのか、ということなのかなと考えた。