済州島3日目

8:30に私たちが泊まったホテル「韓国コンド」を後にし、

9:30頃、済州4・3平和公園へ向かいました。

この公園は、盧武鉉大統領在任時に定められた4・3特別法(2000年)公布により、建設が始まりました。

-4.3事件は、米軍政期に発生し大韓民国建国以後に至るまで、7年余りに渡って続けられた韓国現代史の中でも韓国戦争に次ぐ人名被害の深刻な悲劇的な事件である。-(4・3平和公園パンフレットより)

この事件で、約3万人もの島民が命を失い、焦土化作戦により多くの人が住む場所を失いました。

私たちは平和記念公園の中にある4・3平和記念館に入りました。

建物に入ってトンネルを抜けたところにあるのが「白碑」です。

この碑石には碑文がないのですが、まだ4・3事件が認識されるようになってから日が浅く、未だに正しい名前が付いていないため、白碑になっています。

この4・3事件は、1947年3月1日の3・1節発砲事件を引き金にし、1948年4月3日に発生しました。

大人だけではなく、子供やお年寄りなど、年齢性別関係なく虐殺が行われました。

直接人を殺すだけでなく、人々が逃げた洞窟の入り口に火をつけて窒息死させたり、焦土化作戦で村ごと焼くなど、残虐な方法での虐殺でした。

この平和記念公園の後には、実際に焦土化作戦で焼き払われた集落の後を見ました。

写真のように、事件後も復興せずそのままになっている集落跡もあれば、再び集落になった村もあります。

上で述べた通り、4・3特別法が公布されたのは2000年で、長い間タブー視されてきた事件でもあります。

真相解明に向けてもっと多くの事実を公表していくべきだと感じました。

またこの記念館には、アニメーションを使った展示物が多く、日本よりもメディアを積極的に使った展示物が多いという違いも学ぶことができました。

yui

『済州島3日目』へのコメント
名前:maiko 投稿日:2016/09/03(土) 00:21:24 返信 編集
4・3事件について知らないことが多かったので時間をかけて見たかったですが、時間の関係ですべて見ることができず残念でした。しかし歴史、研究、盧武鉉大統領の公式謝罪についてなど、新たに学ぶこともたくさんありました。映像の中で、人を棒に縛り付けて一斉に銃で撃つ場面や、子供とお年寄りが多く虐殺されたという事実に衝撃を受けました。
「チスル」(2012)という4・3事件を描いた映画を見たことがありますが、あまりにも残酷すぎて最後まで見るのが辛かったです。しかし記念館で見た内容や先生の説明が映画の中にも描かれているので、資料として見るのもいいと思います。
大統領は謝罪をしましたが、それだけでなくこれから同じ事件が繰り返さないように、全員がこの事件についてきちんと知ることが大事だと思います。

名前:reimi 投稿日:2016/09/03(土) 01:46:02 返信 編集
4・3事件発生後、政府は表に出せない事件として一切の研究、哀悼を禁じ、マスコミもこれについて報じることは無かった。こうした政府の取り締まりは、盧武鉉大統領の民主化運動を経て変化し、2003年には盧武鉉大統領が公式謝罪を行った。
朴槿恵大統領の今後の事件の扱い方に注目したい。

名前:mirai 投稿日:2016/09/04(日) 00:09:31 返信 編集
校外実習に来る前から43事件のことや済州島のことを勉強してきましたが、やはり実際に見るのとでは違く、女性が警備を担っていた村もあったり、夜外に出ると殺されてしまうなどあまりにも残酷なものだったばかりだった。
上の2人が述べてるようにこれからの課題はたくさんあると思う。
そして自分が何を知らないのかを知ることができた済州島見学であった。